黒穂病
黒穂病(英名:Common smut)はほとんどのトウモロコシ栽培地で発生する病害です。黒穂病は Ustilago maydis という菌により発生しますが、この菌は土壌および作物残渣上で生存します。この菌は植物についた傷から侵入して、あらゆる組 織に感染することができ、特徴的な炭状の瘤を作ります(図1)。 この菌は絹糸からも侵入することができ、雌穂の先端に瘤を作ります。罹病により作物の機能が損なわれ、不稔も生じるため収量も影響を受けることもあります。 黒穂病菌はトウモロコシ圃場に広く存在しますが、生育中の作物に菌が侵入するための好適な条件の有無で感染度合いが異なります。生育初期に作物が受ける傷害は感染への感受性を高くし、また、干ばつによるストレス、密植、過度の窒素施用も病害発生の頻度を高めます。 黒穂病による影響を低減させる栽培管理には、バランスの良い窒素施肥、農薬使用による葉の表面の状態への影響に対する適切な処置、干ばつストレスを避ける適正な栽植密度等が挙げられますが、特に重要なのは栽培環境に適した品種 を選択することです。
感染と症状
Ustilago maydis の胞子はトウモロコシの残渣上や土壌中で 越冬し、数年間生存能力を維持します。世界中の伝統的なトウモロコシ産地のほとんどでは、条件さえ整えば感染が生じるレベルの胞子が圃場に存在すると考えられています。

窒素と有機物含量が高い土壌で生育したトウモロコシでは、養分バランスが良い土壌で生育したトウモロコシに比べて黒穂病の発生が多い傾向があります。一方でリン酸含量の高い 圃場では黒穂病の発生は少ない傾向があります。 多くの場合、感染はトウモロコシが受けた傷から菌が侵入することで発生します。この原因となるものには強風による砂の飛散、害虫による食害、中耕時の機械による損傷などがあります。トウモロコシの成長が旺盛な場合は植物組織が全体に 柔らかい状態であるため感受性が高くなります。 界面活性剤を含む農薬の使用による植物細胞の表面張力の崩壊が、感染の可能性を生み出す可能性があります。感染は葉、茎、雌穂、雄穂などのあらゆる組織で生じます。一方、傷を介さない直接の感染も報告されています。 開花時期に、絹糸が受粉せず長期間外気にさらされている場合、絹糸が病原菌の侵入経路となり得ます。病原菌は絹 糸を通じて成長中の子実まで達することが出来ます。 これは著しい高温と乾燥状態によって花粉の飛散が遅れた場合、あるいは花粉の活性が不十分で適切なタイミングでの受粉 や迅速な絹糸と子実との分離が進まない時に起こりやすくな ります。 乾燥した気象条件では先端不稔が生じやすく、この際に先端部の絹糸が菌の侵入経路となり、そこに瘤が生じます。
黒穂病のライフサイクル
越冬する冬細胞(厚膜胞子)は乾燥や凍結に非常に強く、土壌中や作物残渣上で数年間生存が可能とされています。 菌に好適な生育条件が訪れると、冬胞子は出芽して、新しい胞子(担子胞子)が風や水の飛散によって生長中のトウモロコ シ組織まで運ばれます。 これらの胞子は出芽して、トウモロコシの傷口や絹糸からトウモロコシ体内に侵入します。 侵入した黒穂病菌は、菌に冒された細胞の数とサイズを増加させて菌瘤が形成されます。菌糸は新しい冬胞 子が作られる直前まで細胞間隙で成長します。肥大した細胞はその後侵入され、崩壊して死に至ります。 菌は細胞内容物を栄養源として成熟した胞子の塊を発達させます。このプロセスが生育の初期から始まる場合には、最初に生成された胞子の塊から同じ個体または隣接する個体に再 感染が起きる場合もあります。 菌瘤の形成はその後も続き、胞子が成長期間を通してほぼ継続的にばらまかれます。 サイレージの酸はサイレージ中の胞子を殺しますが、家畜の消化管を通過して生き残った胞子が家畜に健康上の脅威を もたらすことはありません。 メキシコの一部の地域では、黒穂病の若い菌瘤が食用の珍味と見なされています。 家畜に害を及ぼす可能性のあるマイコトキシンは、黒穂病や一般的な葉の病害、さび病の菌からは成されません。 世界中のトウモロコシ生産者、特に乾燥または低温な栽培 地域の生産者は、圃場で黒穂病の発生を経験しています。 ただ黒穂病による減収が 5%を超えることはほとんどありません。この病害による影響は以下に述べるような方策を講じることでより限られたものになります。
バランスの取れた土壌栄養の維持:
土壌中の過剰な窒素は、しばしばリン酸レベルの低下を伴っており、黒穂病感染 の機会を増やします。非常に乾燥した気象条件はこれをさらに悪化させます。
機械による損傷を防ぐ:
機械や器具はトウモロコシの葉や茎、根に損傷を与えやすく、これが病原菌の侵入経路となり得ます。
虫害の防除:
生育初期のトウモロコシには種子粉衣の殺虫剤を用いることが出来ます。これより遅い時期では、アワノメイガを始めとする害虫による食害を防ぐことが黒穂病の予防に効果を示します。
生育環境に適した品種の選択 :
トウモロコシが過度のストレス(干ばつ、養分欠乏、過度の栽植密度、品種の早晩性のミスマッチ)に遭遇すると、生育が弱まり罹病に対する感受性が高くなります。 短い苞葉や雌穂がむき出た状態は脆弱な絹糸に胞子が着地する危険な時期を長引かせます。